An intermediate support organization to develop human resources for art management professionals of Performing Arts, and to enhance their working environment.
業務のご依頼・ご相談などは「お問い合わせ」からご連絡ください。
私は昨年から東京で働いていますが、それまではずっと大阪が拠点でした。NPO法人地域文化に関する情報とプロジェクト[recip]は、メンバーに社会学者が私も含めて3名所属していることもあり、文化事業やアートプロジェクトの現場調査を行ってきました。大阪市府の事業だけでなく、2012年、2013年は東京都との協働事業で記録調査の仕事もしています。その成果の一部はウェブでも見ることができます。
(記録と調査のプロジェクト『船は種』に関する活動記録と検証報告 、地域におけるアートプロジェクトのインパクトリサーチ 「莇平の事例研究」活動記録と検証報告
)また、NPO法人アートNPOリンクでは、2006年からチームでの調査にかかわってきました。こちらでも大阪府市の調査業務を受けたり、文化庁の調査を受託したり、
2015年3月には「アートNPOデータバンク2014-15 アートNPOによるアーティスト・イン・レジデンス事業の実態調査」 という報告書を発行しています。
私が今回お話しするのは、舞台芸術というジャンルとも少し重なる、アートプロジェクトという現代美術の一領域に関する調査結果の一部です。1990年以降、とりわけ2000年代以降の大規模なアートフェスティバルの広がりと各地方自治体の創造都市的な取り組みのなかで、アートプロジェクトはかなりの勢いで増えてきました。その中でも個人的な研究対象としては、この10年程の間に大阪の公的な現代芸術事業はかなり厳しい状態になったこともあり、そこをフィールドに現場の調査と政策としての改善案を考えたりしてきました。
アートプロジェクトとはどのようなものか、2011年に出した拙著(『芸術は社会を変えるか?』)の中でこう定義しています。
これらがすべて当てはまる訳ではないですが、こういった傾向を持つものということです。この中の1、「作家の単独作業から、多様な参加者による協働」というのは、舞台芸術の集合的生産の形態とも重なりますが、みんなで創るという在り方が、現在の美術・アートの分野にも広がっているということですね。
さて、今回の報告テーマ「アートプロジェクトにおける『労働』」についてです。大阪での調査を進める中で、次々に事業が骨抜きになり、NPOの受託事業も中止になるなど、目の前で友人・知人たちが職を失うという厳しい現実に直面しました。長期ビジョンと予算を確保した望ましい文化政策のあり方について考えることと並行して、「なぜアートの現場はこんなに不安定な就労状況にあるのか」という問題とも向き合うこととなりました。そこで、2010年に科研費を得て、主に公的なアートプロジェクトや文化施設で働く若手、20〜30歳代を中心にインタビュー調査を開始します。就労形態や社会保障、1日の労働時間、日々考えていることなど、生々しい話を聞かせてもらい、公開の許可をもらってこれまで3冊のインタビュー集を出しました。(2011『若い芸術家たちの労働』、2012年『続・若い芸術家たちの労働』、2014年『続々・若い芸術家たちの労働』)。基本的に匿名ですが、中には実名で登場いただいたケースもあります。日本各地、ロンドンとパリも含め、のべ90名/組の事例を掲載しています。
具体的なケースをいくつか紹介します。アートプロジェクトのマネージャーAさん(30歳代女性)は主に行政側の手続きを担当していましたが、現場にもよく足を運びました。財団正職員で月収は源泉込20万円程、各種手当・社保もありましたが、育休取得時に「子どもが生まれたのは事故」と上司に言われたそうです。その後財団は解散し離職を余儀なくされています。Bさん(20歳代女性)は現場マネージャーとして、作家のスケジュール管理、行政手続き、制作補助などを担当しました。受託会社の半年の契約社員で、雇用保険はありましたが、月収は14万円程。緊急雇用対策事業だったため終了後チームは解散し、せっかくの経験がキャリアにならないと嘆いていました。Cさん(30歳代女性)は公立文化施設の事業マネージャー。指定管理元の契約社員で、月収は手取り15万円程+残業代、社保ありの契約社員として働き始めますが、指定管理以降「スタッフ数は半分、開館時間は倍、予算は半分、事業数は倍」になったそうです。Dさん(20歳代女性)はアートNPOの事務局担当です。月収15万円程、社保がなかったため交渉して保険料を給料に上乗せしてもらいました。ただ理事からは「私は報酬はもらってない」「だからあなたもがんばりなさい」と言われたそうです。Eさん(40歳代女性)はフリーランスのキュレーターで、アートプロジェクトの企画を受託しています。自身の月収は平均20万円で、社保の支払いが大変とのこと。単年度事業を継続して実施することは容易ではないうえ、準備段階でフィーは出ないことが多く、仕事を受ける時に金額もわからないことがあったと言います。
ここまでのポイントをまとめます。まず、アートプロジェクトの集合的生産という形態です。作家ひとりではなく、多様な立場の人たちが動くことで成立する。この点は舞台芸術とも近いですが、産業としての安定性という点では異なります。舞台芸術も産業として大きいかと言われると難しいですが、舞台芸術の場合には商業演劇の分野もあります。
次に、政策の理念と公務労働の民間化という現実のギャップです。文化に限らず公務労働の民間化(事業委託、指定管理者制度などで公共の仕事を民間に委託する)が進んでいますが、芸術文化の重要性を謳うのであれば、そこにきちんとした予算を置く必要があります。しかし現実は、予算削減という目的ありきの民間化が進んでいる。こうした理念と実態のギャップのしわ寄せはすべて、末端の現場労働者に向かいます。
三つ目に就労形態の多様化です。一般的に、労働者性があるかないかによって、労働者としての守られ方が変わってくるわけですが、その判断自体が困難であるという現状があります。アートプロジェクトには労働者ではない人たち(ボランティア、研修、インターンなど)や、雇用契約を結んでいない人たちもいて、働き方が実に多様です。労働者性というのは、雇用主と契約を行い、その指揮監督下に置かれる労働者という意味です。この契約関係がある場合「労働者性がある」という言い方をし、その人たちは憲法の定める労働者の権利(団結権、団体交渉権、団体行動権など)や、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法などによって守られているわけです。ブラック企業がまかり通っているように現実は残念ながらそうではありませんが、理念的にはこういうことです。
以下は、労働政策研究・研修機構が2004年に出した報告書「就業形態の多様化と社会労働政策」での表をもとにして作成した図です。労働者性があるのは「雇用契約」のところ、中でも完全に守られた立場は一番上のフルタイム労働者です。非正規労働者たちは収入だけでなく、有期雇用だったり、社会保険料の自己負担など、表の下に行くほど条件は厳しくなります。労働者性なしとされるのは「自営」と「中間領域」で、クライアントと対等な契約を結ぶはずですが、現実を見ると必ずしも対等とは言えない。そしてこの報告書は2004年の段階で「中間領域」で働く人たちが増えてきていると指摘しています。
雇用契約 | 中間領域 | 自営 |
---|---|---|
(正規) フルタイム労働者 (非正規) 契約社員 嘱託社員 派遣労働者 請負企業就労者 日雇い労働者 パートタイマー アルバイト | 歩合給労働者 裁量労働者 テレワーカー フランチャイズオーナー プロスポーツ選手 芸能人 ソフトウェア、ゲーム 建設・運輸業従事者 家族従業員 | 経営者 自営業者 フリーランス |
これをアート業界、舞台芸術業界に当てはめて考えてみると、正規の美術館学芸員や文化財団職員は「雇用契約」の最上部ですね。公立文化施設、文化財団などの有期雇用職員、文化事業マネージャー、NPO従事者などは多くが非正規雇用です。「自営」にあたるのは、フリーランスのキュレーターやプロデューサー、アーティストで、「中間領域」は、業務の下請けなどで働く、デザイナーやウェブ関係の人たちがあてはまるでしょう。こうした人たちは、指揮命令関係はないはずなのに、発注元が行政などの場合には、組織対個人という形になって力関係が発生してしまい、弱い立場に置かれがちです。
このように、労働者としての権利や保障がない人たちがアートプロジェクトの現場には多いといえます。そしてこれは社会全体の傾向と同じです。また、日本の社会保障の問題もあります。日本は「正規/終身雇用」「男性/日本人/健常者」という働き方を前提に、雇用保障・社会保障が設計されています。そのため、マイノリティや非正規雇用の女性や若者、そしてみてきたようなアートプロジェクトの現場の多様な働き方をする人々が、セーフティネットの網目からこぼれ落ちてしまうわけです。とくに「一家の稼ぎ手モデル(男性が一家の稼ぎ手で女性が主婦で家事や育児を行う)」を軸とした社会保障のままだと、現場に多くいる女性スタッフは、結婚や出産を機に仕事をあきらめるか/結婚や出産をあきらめめるかという酷な二者択一を迫られることになってしまいます。
アートプロジェクトの現場の問題は、舞台芸術ともやはり重なっているところがありますので、Explatとも情報を交換しながら、一緒に取り組んでいけたらと思います。